脳卒中患者の麻痺側上肢では運動方向特異的な動作の不安定性がみられることを発見

脳卒中片麻痺の上肢リハビリテーションへの応用に期待

この研究成果は日本リハビリテーション医学会が発行する英文誌 「Progress in Rehabilitation Medicine」に,2020年4月に公開されました。

【発表のポイント】

  • 麻痺側上肢において,麻痺側前方へのリーチ動作よりも,反対側前方へのリーチ動作が不安定になるという特徴がみられることを明らかにした。
  • 麻痺側前方・対側前方の到達点を往復する動作では差がみられないことから,空間特異的な動作不安定性ではなく,運動方向特異的な動作不安定性であることが示唆された。
  • 麻痺側上肢の到達範囲の広さだけでなく,到達範囲内をどのように動かしているかという視点からの,新たなリハビリテーション方略に重要な知見となる。

【研究内容の詳細】

上肢の麻痺は,多くの脳卒中片麻痺患者に残存する障がいであることが知られています。脳梗塞リハビリセンター熊本の研究グループは,水平面上での麻痺上肢の動きを分析し,動かす手と同じ側の斜め前方への動作よりも,反対側斜め前方へのリーチ動作が不安定であることを明らかにしました。この研究のポイントとなるのは,麻痺上肢とそうでない上肢の動作の比較ではなく,麻痺上肢の動作を運動方向別に比較したことです。

今回明らかとなった運動方向特異的な動作不安定性ですが,非麻痺上肢ではみられないことから,麻痺上肢の特徴であることがわかりました。すなわち,「斜め前方へのリーチ」と同じ言葉で表現される動作でも,動かず手と同じ側か,反対側かによって『麻痺上肢では』動作の安定性が異なるということになります(図)。

麻痺上肢と同じ側のリーチ到達点と,反対側の到達点までの距離が体の中央から同じ距離だったとしても,動作の支点となる肩関節からの距離は異なります(イラストで示す黒い点; Ipsilateral target/Contralateral target)。よって,反対側へのリーチが不安定になるのは距離の違い(反対側のほうが支点となる肩関節から遠いこと)が原因である可能性があります。しかし,被験者は課題動作を体幹の代償動作なしに行える(=十分に麻痺上肢の到達範囲内で課題動作を行える)方に限定していること,非麻痺上肢でも同じことが言えるのに,動作は不安定にならないことから,さらに検証を行いました。

麻痺上肢でみられる反対側へのリーチで動作の不安定性が,空間特異的であるか(支点となる肩関節から遠いことが理由であるか)どうかを検証するため,斜め前方リーチ動作で用いた同側・反対側の到達点を往復するという動作を解析しました。すると,この水平方向の動作では,同側・反対側で動作の不安定性の差はみられませんでした。このことから,麻痺上肢でみられる反対側斜め前方へのリーチ動作の不安定性は,空間によるものではなく,運動方向によるものであることが示唆されました。

片麻痺の方には,共通してみられる異常な共同運動パターンがあることが知られています(例;手首を屈曲しようとすると,肘も屈曲してしまう)。そのパターンから外れるような組み合わせの動作,いわゆる分離運動は,片麻痺の方にとっては難度が高い運動となります。本研究で明らかにした,麻痺上肢でみられる運動方向特異的な動作の不安定性も,関節運動の組み合わせパターンの違いが原因であり,同一到達点の動作であっても別の関節運動の組み合わせを用いる水平方向の運動では動作の乱れの差がみられなかったのだと考えられます。この考えを支持するように,先行研究(Levin, Brain, 1996)では麻痺上肢の反対側斜め前方へのリーチでのみ肘関節を伸ばす動作が不安定になること,他の動作の時には肘関節の運動はスムースに行えることが報告されています。

 麻痺上肢の評価では到達範囲(Reachable workspace)が注目されがちです。本研究では,脳卒中片麻痺における分離運動の重要性を,到達範囲内をどのように動かしているか,という新規の視点から確認できる結果が得られました。本研究成果は,脳卒中片麻痺のリハビリテーションへの応用が期待されます。

研究内容に関するお問合せ先
吉岡潔志(理学療法士,医学博士)
Institute for Research on Productive Aging (IRPA) 研究員
神戸医療産業都市推進機構 先端医療研究センター 老化機構研究部 特任研究員
E-mail; yoshioka@lmls-kobe.org

その他に関するお問合せ先
脳梗塞リハビリセンター熊本
TEL; 096-327-9810
E-mail; rihasen.kumamoto@gmail.com

返信を残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です